ドラッカー「非営利組織の経営」の中に「外なる成長と内なる成長」という
表現があり、その中の「自己啓発」という部分に焦点をあててみたい。
そもそも見識の高い読者におかれては、今さら何だ、ということだろうが、
今一度、啓発とは何か? と考えてみよう。
辞書的には「人々の気がつかないような物事について教えわからせること」
(大辞林)とある。
そこで「自己啓発」とは? と考えると「自分の気が付かないようなことを
自分に教え分からせること」と相成るが「はて?」変な理屈ではある。。。
皆さんも既にご存知のように、啓発そのものの言葉の元は、論語の中の
憤(ふん)せずんば啓せず。悱(ひ)せずんば発せず。
からくるものとされている。これを解するものを読んでいると、ものすごく
啓発の持つ意味が厳しい、ということが分かってくる。
すなわち、もだえ苦しむほど『知りたい』という欲求をもつこと、そして、
『知る』だけではなく知ったことを『昇華し考える』その覚悟がなければ
啓発とはならない、と考えられるものである。
単に、何かの資格試験に合格した、ので自己のレベルが上がった、という
ことが本来の自己啓発だとは言えない、ということが分かる。
筆者の自己流で解せば、『知って考え行動する自分が一つ高みにいく』
ことで人として大きくなっていくことに自己啓発の意義があるのではない
だろうか?!